「休んでも、疲れが取れない」「休み方がわからない人へ」という、
キャッチコピーに誘われ読みました。
周りの評価が気になる、頑張り過ぎる私達(!)“過剰適応”についても、
p.40~結構なスペースが割かれてました。
本書によると、我々は疾病などのライフイベント(大きな出来事)からはもちろん、
満員の通勤電車などのデイリーハッスルズ(日常の細々した出来事)からも、
相当のストレスを受けている。
で、そこから癒やされ、回復していく、
=“本当に休む”には、
その人にとって、安全・安心な場所で休むことが大切と説かれていました。
ポリヴェーガル理論*によると、腹側迷走神経がきちんと機能していると「安全」と感じて、リラックスした状態を維持しやすくなる。
そのため、安心・安全な場所で休むことが大事なんだと。
思えば、せっかく家で休養したつもりなのに疲れが取れた気がしなかったのは、
たまたま近所で大音量の工事をしていたとか、
たまたま家人が在宅していたとか、
自分にとって、安全・安心な場所になっていなかったからだったんだ、
なんて思い当たったりもしました。
それともう一つ、「それそれ!」と思ったのが、
本書で説かれていた“ユーモア”の効用。
「ユーモアはレジリエンス**、人との繋がりを高める」。
そして、
「シリアスに対抗できるのはユーモアである」と。
以前(2023年8月30日付けブログ「歯がある時にトウモロコシを食べなさい」『語学の天才まで1億光年』高野秀行(集英社インターナショナル))、ユーモアの効用についてお話ししました(https://kobe-counseling-salon.com/gogakunotensai/)。
他に、“ユーモア”で思い出したのが、
第二次大戦時に強制収容から生還した精神科医のヴィクトール・フランクル。
彼は著書『夜と霧』(池田香代子訳 みすず書房)の中で、
「ユーモアも自分を見失わないための魂の武器だ」
「ほんの数秒間でも、周囲から距離をとり、状況にうちひしがれないために、
人間という存在にそなわっているなにかなのだ」と(p.71)。
そして、生き残れる可能性が皆無に近い中、
「いつか開放され、ふるさとに帰ってからおこるかもしれないことを想定して
笑い話を作ろう」(p.72)。
そう彼が提案した所、例えば、
「夕食に招かれた先で、スープが給仕されるとき、ついうっかりその家の奥さんに、
作業現場で昼食時にカポーに言うように、豆が幾粒か、
できればじゃがいもの半切りがスープに入るよう、『底のほうから』お願いします、と言ってしまうんじゃないか」など、つかの間現実から距離をとれたのだそうです(p.72)。
「人間の苦悩は気体の塊のようなもの」
「空間の大きさにかかわらず、気体は均一にいきわたる。
それと同じように、苦悩は大きくても小さくても人間の魂に、人間の意識にいきわたる。
人間の苦悩の『大きさ』はどうでもよく、だから逆に、
ほんのちいさなことも大きな喜びとなりうるのだ」と(p.73)。
***** ***** ***** ***** ***** *****
たまたま上手いこと安心・安全な休める場所が見つからない時でも、
“ユーモア”ならたびたびしばしば発動出来そうな気がしてきませんか。
あなたも、もっと!
って、これはもはやユーモアではなく、ダジャレですかね🙇
今年も1年間、ダジャレetc…に、お付き合い頂きありがとうございました。
年末年始、皆さまが少しでも休息出来ますように。
そして来年も、You More ! ?なお付き合いを、どうぞよろしくお願いします。
*ポリヴェーガル理論とは、アメリカの神経科学者スティーブン・ポージェス博士によって提唱されたもの。
**レジリエンス(resilience)とは、困難やストレス、トラブルに直面したときに適応する精神力や心理的プロセスを指す心理学用語。ビジネス用語としても使われ、「回復力」「復元力」「耐久力」「再起力」「弾力」などと訳される(生成AIより)。