
雨の日対策どころか、逆に雨乞いしたいような毎日ですね。
梅雨明け後に、ほんの触りだけご紹介した
『雨の日の心理学―こころのケアがはじまったら―』。

続というべきなのか?ゼロというべきなのか?ですが、
今日は本当に(笑)、しっかり本紹介をしたいと思います。
とは言え、全347ページ。
濃いです。厚いです。
なので、濃さはそのままで、
ぎゅっと薄くしてみます(笑)。
著者の東畑さんがお好きな(おそらく、笑)
「二項対立」風に紹介していきますね。
1. <雨の日の心理学 vs 晴れの日の心理学>
「ある日突然、身近な人の具合が悪くなる。
子どもが学校に行けなくなる。
老いた親が離婚すると言い出す。
部下が会社に来なくなる…。
突如として暗雲が立ち込める。
何をすればいいのか全然わからない…」
「でも、雨が降っていて、
彼らのこころがびしょ濡れになっていることだけは分かります」
「雨が降ったら傘をさすように、
(身近な人達への突然の)こころのケアがはじまったら、
心理学が役に立つと思うから」(p.1, p.2)
本書はこのような突然の「雨の日対策」として書かれています。
対する「晴れの日」とは、普通に上手くいっている日。
本書では「褒め方」を例にとっています。
一般的な本には、
「頑張っているときには『頑張ったね』と言ってあげよう」と書いてあり、
それは正しい。
けれど、その正しさには「晴れのに限る」という但し書きがつきます。
調子が悪い「雨の日」に「頑張ったね」と声をかけると、
子どもが「俺のことなんも分かってないだろ!」と怒り出したり、
部下が「どうせお世辞に決まってる」と疑って
心を開いてくれなかったりする……。
元気なときには嬉しい言葉も、
調子が悪いときにはチクチク響いてしまう。
「晴れの日には正しいケアも、
雨の日には間違いになることがある」と、東畑さんは言います(p.9, p.10)。
2. <正常心理学 vs 異常心理学>
普通の状態の心がどう動くか、
常識的な心の動きを扱うのが「正常心理学」。
『頑張ったね』と言われると元気が出るとか、
晴れの=通常運転の日には、正常心理学で十分にうまくいく。
だから、心理士なんていなくても全然大丈夫」(p.80,p.81)。
ところが、心には「普通じゃなくなってしまうとき」があり、
それが「雨の日」。
朝起きてこない子どもに「疲れているのだろう」と
1日休ませて様子を見る。
これが通り雨ならうまくいくけれど、
長雨になると次の日もその次の日も学校に行かない。
朝起こそうとすると怒り出し、一緒に食事をとることも拒む。
何かが起きている。けれど、
何が起きているのかはわからない」(p.84)。
「こういうときに、専門家の出番がやってきます」(p.85)。
このとき専門家が使っているのが、
精神分析や認知行動療法、家族療法といった
「異常心理学」を基盤にした見立てです(p.88, p.89)。
3. <わからないから vs わかろうとする>
雨の日には、身近な人の心が分からなくなってしまう。
それでも、
「誰かがわかろうとしてくれたこと、
一緒に絶望的な気持ちになってくれたことは、
こころに残ります。
そのこと自体が孤独を和らげる」(p.128, p.129)
(※これに関する胸が熱くなる話は p.140, p.141 に出てきます)
さらに、「雨の日には自分に何が必要なのか分からなくなってしまうし、
周囲も分からない。
こうしてボタンが掛け違い、空中戦になる。
そういうときは第三者に相談です」(p.256)と、
相談先として我々のような専門家も挙げられています。
4. <からだとモノのおせっかい vs こころとヒトのおせっかい>
東畑さんは心理士という仕事柄、
「毎日おせっかいのやり方を具体的に考えてアドバイスしている」と言います。
まさに納得です!
その東畑さん直伝の「おせっかい技術論」がこちら。
からだとモノのおせっかい:即物的で、より現実的なおせっかい
(★まず先に着手!)
こころとヒトのおせっかい:もう少し精神的なおせっかい
(★次にする!)
なぜなら、「身体のケアが、こころのケアにもなる」から。
阪神・淡路大震災のとき、
心理士がマッサージをしていたことについて、
「身体がゆるむとこころもゆるみ、不安なことも喋りやすくなる。
からだの心配をすることが、こころの心配をすることにもなる」と
解説されています。
また、東アジア人は不安や悲しみを身体で表現しやすい
(うつの時、北米では気分が沈むが、東アジアでは体調不良になる)といった
<西洋 vs 東洋>の面白い知見や、
「これがあれば楽だろう」と思えるモノを渡す工夫も紹介されていました
(p.232, p.233)。
当サロンにお越しいただくと必ずと言っていいほど質問される、
「眠れてます?」「食べれてます?」は、まさにこれですね。
東畑さん曰く、
まずは「こころに直接働きかけようとしないでいい。
からだが休まるようにしてあげて、
それが一番、こころのケアになる」と(p.234)。
また、直接的な「こころとヒトのおせっかい」として
「通訳してあげる」という方法も紹介されています。
うまく理解できず困っているご家族に
ご本人の代わりに状態を説明したり、
カップルセラピーで会話が噛み合わなくなったポイントで通訳に入る。
「結局、苦しい気持ちって言葉になりにくいから、
それを誰かが通訳してくれると助かるということ」です(p.238, p.241, p.242)。
5.<おわりに>
他にも「こころとヒトのおせっかい」として
「一緒にする」というのも挙げられています。
人は孤独になると力を発揮できませんが、
誰かが見守って一緒にいてくれると力が発揮できる。
しかも「おせっかいをする方も結構楽しい」と(p.247, p.248)。
最後に、東畑さんはこうも言っています。
「雨が降っている。目の前に濡れている人がいる。
その人は助けを待っている。そのとき、
とりあえず目の前にいたのがあなた*だった。
だから、あなた*が傘を差し出す…」
*「あなた」の箇所を(「みずさわ」と読み替えて下さい!)
「僕らは引き受けるんですね。
その場にいたのだから、傘を差し出すわけです」と(p.319)。
睡眠時間の確保について口うるさく言われたり、
新聞の切り抜きを渡されたり、通訳も翻訳も……。
各種「おせっかい」をされに、どうぞお越しください。
必ずやお引き受けしますから♪
